『池辺のメルヘン』

 

あるところに

森がありまして

その森に

池がありました

池の底には

一つぶの

小さな砂金が

すんでいました

池のまわりを

逍遥の男が歩いてまわります

そして男は

池の底の砂金にむかって

いつも語りかけるのです

 

始まりとは、

継続の中に定められた点と

その前後のある程度の期間のことであると

僕は考えているのだよ

つまり

いつからそれが

始まりではなくなってしまうかは

明瞭ではないのだよ

まるで

朝露がいつの間にか

乾いてしまっているように

いずれにしろ

始まりを

単なる点にまとめあげることは

できないのだよ

けだし

僕たちは

始まりを感じとることしか

できないのだよ

 

あたし

あなたが

わからないわ

 

もう一度言おうか

 

だめよ

何度言ったって同じよ

きっとあなた

賢すぎるんだわ

 

砂金は逍遥の男が大好きです

男も砂金を愛しています

でも砂金は深い深い池の底からしか

逍遥の男を見ることができません

男も池のふちからしか

砂金を見ることができません

そしてなによりも

砂金は鉱物で

逍遥の男は人間でした

 

あなた何してるの

 

昼を食べているのさ

 

どうやって昼を食べるの

 

お前には無理だろうね

お前は砂金だからね

 

あたし昼を知ってるわ

でも食べ方って知らないのよ

 

お前には無理だろうね

お前は砂金だからね

 

ある日

森に渡り鳥がやってきました

おおきなおおきな鳥でした

鳥が池の上をとびまわります

砂金はそれをみて男に言いました

 

ああ素敵

あれはなにかしら

 

あれは鳥だよ

毎年夏にここに来る

大きな鳥だ

お前気がつかなかったのかい

 

知らないわ

ねえあたしあの鳥のように

外の世界を

飛びまわってみたいわ

 

なんということだ

お前はまるで

鉢から飛び出そうとしている

金魚のようだね

 

あら

あたしは金だけど

魚じゃないわ

 

そうじゃないんだよ

お前はそこから

外に出るべきではないのだよ

僕自身

鉢から飛び出してしまった

金魚だから言うけどね

 

あなた魚だったの

すてき

泳いであたしの側まで

いらっしゃいよ

 

そうじゃないんだよ

お前は外に出たら

きっと死んでしまう

死はとても恐ろしく

苦しく

冷たい

死が持っているのは

最後の悲しみだ

 

ねえ

あたし死んだことないから

わからないわ

 

僕だって

死んだことないさ

 

じゃあどうして

死の話ができるの

やっぱりあなたは賢すぎるんだわ

 

そうじゃないんだよ

生きるものは

みな死ぬ

この世に存する

最後の悲しみなんだ

 

それじゃああなたも

いつかは死んでしまうのね

その時あたしも

一緒に死ぬわ

あたしきっと死ぬわ

 

お前はいつからここにいる

お前はどうして生まれた

 

そんなこと

もうずっと昔のことだから

とっても思い出せそうにないわ

あなたに会うまでなんて

あたしは生きてなかったみたいなくらい

暗くて冷たくて淋しかったのよ

あなたに会って

あたしは生まれたのよ

 

ならお願いだ

お前はずっとそこにいるんだよ

そこからちょっとでも出てごらんよ

人間たちがお前を溶かして

他の砂金たちとごちゃ混ぜにしてしまうのだよ

そうでなくたって

かなとこの上で叩きのばされてしまうのだよ

お前はずっとここにいるのだよ

 

他の砂金と一緒になれたら

金塊になれるかしら

かなとこの上で叩きのばされたら

もっと輝けるかしら

 

そうじゃないんだよ

 

あの鳥が

あたしをここから

連れ去ってくれればいいのに

 

なんということを

さあご覧よ

お前には羽根が鱗に見えるのかい

あんな鳥が池にもぐって

お前の居るところまで

たどり着けると思ったのかい

それにあの鋭いくちばしに

ちいさなお前をくわえることなんて

できやしないさ

 

そのとき空を高舞うおおとりは

池の底のきらめきに気がついて

砂金めがけて飛び降りてきました

逍遥の男はあわてて

砂金を奪われまいと手を伸ばしました

光の屈折が男の目をもてあそび

男は砂金の幻影を見まごうて

誤って池に落ちました

鳥はまっさかさまに池に飛び込んで

砂金をくわえると

まっさかさまに

池から飛び出しました

 

空の上から

池に沈んでいく

逍遥の男の姿が見えました

 

ああ

あの人沈んでいくわ

ずうっと沈んでいくわ

かわいそうな人

いいえあの人

自分は鉢から飛び出した

魚だって言ってたわ

だからきっと

もとに戻ったんだわ

ねえ

でも

あの人かわいそうだわ

あんなに沈んでいくわ

かわいそうだから

あたし

あの人のために

歌ってあげるわ

あの人が

見えなくなる前に

 

そのとき

砂金は

あの暗い

冷たい

苦しい池の底から

逍遥の男がつぶやくのを聞きました

 

 

「お前は鳥を愛してさえいればよいのだ」

 

 

 

(背景画像 「NOA PROJECT」様 )