2019年11月25日(月)@紀尾井ホール
ヴァレリー・アファナシエフ ピアノ・リサイタルに行った記録

[開演前]
今日は雨降りの一日だった。
運がいいことに、外を歩いている時は雨に降られなかった。
妙に暑い。上着が要らないほどである。
四ツ谷駅を出て、大きな四辻で信号待ちをしていると
警備員さんが何人か立っているのが目についた。
あれ、なんだろう。物々しいな。
前に来た時はこんなじゃなかったのにな。
もしかしたら、ローマ教皇の来日が関係しているのかもしれないな。
などと考えながらホールへ向かった。
(後で調べたら、翌日教皇がこの辺りを訪れる予定だったみたい)

紀尾井ホールに来るのは2017年以来の2回目。
前回もアファナシエフ氏のリサイタルだった。
18:30開場。すぐにホールに入り、ピアノを確認する。
今日のピアノはスタインウェイ。クセのない水色系。
最近は水色系か緑系のスタインウェイによく会っている気がする。

調律師さんが椅子に座って作業している。
色々と直した後、ベンチタイプの椅子をセッティングして去っていった。
背もたれが無い椅子だ!
わたしが今まで行ったアファナシエフ氏のリサイタルでは
背もたれ付きの椅子ばかりだったので、不思議な感じがする。

[前半]
19:00開演。客席が暗くなり、ステージが明るくなる。
アファナシエフ氏の登場。いつもの部屋着スタイル。
昨年よりも少し痩せたように見える。
ピアノに向かって歩いている様子を見て、とても嬉しくなった。
昨年は歩き方がぎこちなく、具合が悪そうだったので心配していたのだが
今日は歩き方がしっかりしている。元気になったのだろうか。
ピアノの椅子が背もたれ付きではなくなったところを見ると
近年は腰を痛めていたのかもしれない。
ピアノの奥側に立って、なんとなく客席を見回すとすぐに座る。
照明がぐっと落とされ、ピアノのところだけうすぼんやりと照らされる。
椅子の位置を調整したり、袖やら顔やらをいじくった後、音楽が始まる。

前半の曲目。
・J.ハイドン:ピアノ・ソナタ 第20番 ハ短調 Hob.XVI:20
・J.ハイドン:ピアノ・ソナタ 第44番 ト短調 Hob.XVI:44

年明けに発売されたCDに収録されている楽曲だ。
とても好きでよく聴いているので、ライブで聴けるとは嬉しい。
CDとはまた違った演奏。
今この場にふさわしい音を鳴らし、間を取っている印象。
生きているって感じがする。
音のブレンディングが非常にきれい。
そしてピアノのものとは思えないレガート。
弦楽器のグリッサンド並みの滑らかさ。
何をどうしたらああなるのか。わたしもあれやりたい。
ホールの残響のおかげもあるのだろうか。
44番のラストは特にすごかった。

[休憩]
5分ほど待っていると、調律師さんが現れた。
椅子の後ろ脚のところの床に、テープのような物を貼ってから作業に入る。
座って作業するタイプの人だから
椅子を元の位置に戻せるようにバミっていると思われる。
中音部、高音部、低音部、それぞれ1カ所ずつくらいを直していた。
作業が終わると腕木、口棒、前框をささっと拭く。
椅子の位置を戻し、バミリをはがすと戻っていった。

[後半]
後半の曲目。
・M.ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
・S.ラフマニノフ:前奏曲 Op32-12 嬰ト短調
・S.ラフマニノフ:幻想的小品集 Op.3 第2曲 前奏曲 嬰ハ短調

今年は図らずも3回「展覧会の絵」を聴くことになった。
1度目は2月、カスプロフ氏の原曲版。
2度目は9月、東京フィルのオケ版。
そして今回、アファナシエフ氏の原曲版。
2月に聴いたカスプロフ氏の「展覧会の絵」は
オーケストラ的な表現を目指しているように感じたが
アファナシエフ氏の「展覧会の絵」は極めてピアノ的な演奏だった。
純粋に、ただひたむきにピアノを鳴らしている感じがした。
まじりあう美しい響きを存分に楽しみ、
ピアノが話し終わるのをじっと待っているような感じ。
たっぷりと間を取っても音楽が破綻しないのは、もはや異次元の才能。

ラフマニノフは演目が未定で予習が出来なかったのだが、
大体の曲は知っているので、あまり気張らずに構えていた。
曲が始まり「よし、よく知っている曲だ」と思ったのだが……
奏でられた音楽はまったく見ず知らずの音楽だった。
初めて聴く曲のようだ。あまりにも新しすぎる。
今まで聴いたことが無いような音が聞こえてくるのだ。
おそらく、楽譜を見た時に見える風景が常人とは違うのだろう。
彼には、あの楽譜がこのように見えているのか。
なんという芸術家だろう。

[アンコール]
アンコールの曲目。
・F.ショパン:ワルツ 嬰ハ短調 第7番 Op.64-2

音が鳴り出した途端、興奮で頭に鳥肌が立つ。
ライブで聴いてみたかった曲だ。
ゴツゴツした手触りの石のような不思議な演奏だ。
単純に美しいとは言い難いのだが、詩情を感じる。
音楽と言うより、何かを言葉で語っているような感じだ。
とてつもなく自由だった。こんなに自由でいいのか。
最後は霞の中に入って、そのままどこかへ消えてしまった。

[閉演後]
今回は演目も演奏も最高だった……
何よりも、アファナシエフ氏が元気そうで安心した。
もっと彼の構築する音楽空間に滞在したいので、まだ元気でいてほしい。
「演奏家の代わりはいくらでもいるが、作曲家の代わりはいない」
という内容を、氏は本の中で語っていたように記憶しているが、
彼の代わりは存在しない。おそらく、これまでも、きっと、これからも。

帰り支度を済ませロビーに行くと、拍手の音が聞こえてきた。
音楽家がサイン会のために現れたのだ。
舞台上の立ち居振る舞いは不愛想でキテレツなところがあるが、
舞台を降りると普通の人っぽくて、なかなかチャーミングである。
わたしはサインには興味が無いのですぐにホールを去った。
ホール前の植木のクリスマス・イルミネーションがキラキラしていた。

 

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